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本や ふるさとマルシェ
いわきの本、民俗など。店主じゃんがら堂です。
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ふるさとマルシェ本や

Author:ふるさとマルシェ本や
 ふるさとマルシェ本やの店主じゃんがら堂です。
 じゃんがら堂は、いわきの古本屋です。店舗は無く、駅前のラトブ6Fに事務所を構えております。古本を扱う一方で、民俗学徒として、いわきのじゃんがらを中心に、聞き書きをしております。夜は、たいてい平の呑み屋にいます。
 ふるさとマルシェ本やでは、福島やいわきなどの地域に関する書籍や資料を主に扱っております。このブログでは、じゃんがら堂が、お薦めしたい本や日々思ったことなどを綴りたいと思います。



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『かぼちゃと防空ずきん』
かぼちゃと防空ずきん

『かぼちゃと防空ずきん』は、いわき市内を中心に昭和初期から昭和30年ころまでを対象にした手記を集めたもの。141人の手記が収められている。戦争と暮らしの手記が中心を占め、「その時代の苛烈さ」から当然のことと「あとがき」に編者は記している。
しかし、戦中だけでなく、戦後までを含めたのは、日本の社会の転換点であり、そこでの個人の「苛烈」な体験が、戦後の日本を作っていったという編者の意識からだと考える。

たとえば、編者の吉田隆治にとっての「戦争」とは、吉田が生まれ育った阿武隈高地の山村常葉町の大火事であった。昭和31年に起こったこの火事により、常葉町の大半が焼失した。当時、小学2年生であった吉田は崩れ落ちる我が家と買ってもらったばかりの自転車が火中に消えてゆくのを黙って見ているしかなかったという。

一夜明けて、吉田は、新聞記者から取材を受ける。廃墟の中であっても、我が家の場所の見当は付いていた。が、なぜか「知らない」と答えた吉田は、後日の新聞に「お家を探す子」として写真入で掲載される。焼け跡の中、自分の家を探し出す少年として、新聞は吉田を報じた。それは、吉田の短い「言葉」と現実を映し出す「写真」から産出される「事実」ではあった。

けれど、と吉田はいう。

灰の町。たくさんの家畜の焼死体。焼け死んだおばさんを取り囲む人々。ぐにゃりと曲がった十円玉。満開になった小学校の桜。一週間後、寄宿先の親類の家に現れた飼い猫のミケ。東京の勤め先から帰って来て、焼け跡で涙を流していた姉……。

「知らない」は、突如襲った「苛烈」なカタストロフィを消化しきれない少年が搾り出せた唯一のことばだったのかもしれない。しかし、新聞は、そんな少年のことばの内情からは、遠い「事実」を描いた。

ことばはいつも暴力的だし、そして、何も語らない。そんなことばへの不信感が、吉田をことばに繊細な詩人へ、ことばで現実を描く新聞記者へと駆り立てたのかもしれない。
吉田は最後に鮎川信夫の文章を引いている。

人生においては、あらゆる出来事が偶発的な贈与にすぎない。そのおかえしに書くのである。正確に、心をこめて、書く。―それがための言葉の修練である。

吉田の「戦争」の帰結の1つが、本書の編集であったのかもしれないと思う。

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