本や ふるさとマルシェ
いわきの本、民俗など。店主じゃんがら堂です。
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Author:ふるさとマルシェ本や
 ふるさとマルシェ本やの店主じゃんがら堂です。
 じゃんがら堂は、いわきの古本屋です。店舗は無く、駅前のラトブ6Fに事務所を構えております。古本を扱う一方で、民俗学徒として、いわきのじゃんがらを中心に、聞き書きをしております。夜は、たいてい平の呑み屋にいます。
 ふるさとマルシェ本やでは、福島やいわきなどの地域に関する書籍や資料を主に扱っております。このブログでは、じゃんがら堂が、お薦めしたい本や日々思ったことなどを綴りたいと思います。



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石に願いを 双葉町にて
P1100487.jpg
1月30日
 古代から、石に願いを込めることは行われていたのだろうが、石仏や石塔、墓石など石を建てる習俗が一般に広まるのは近世に入ってからである。死後の安楽、村の安全、子供の無事な成長、現代では交通安全など。時代の思いに沿って、石は建てられてきた。
あいにくの雨と強風、昼前には雪へと変わった。そんな中、双葉町歴史民俗資料館に集まっていただいた10数人を前に、いわき市の十九夜講と如意輪観音像の変遷についてお話しさせていただいた。資料館の来年度の事業で、町内の石仏調査を行いたいので、事前の勉強会をしたいとのことだった。

十九夜講は、女性の安産と子供の無事な成長を願う女性の講である。2月や9、10月の19日に、如意輪観音や延命地蔵の石仏や掛け軸などを礼拝する。和讃を唱えたり、大数珠を回すなどのいくつかの形態がある。村の家を宿にして飲食をする従来の形式から、近くの湯治場へ行くなどの変化はあるものの、現在も十九夜講は続けられている。一日飲食をともにする女性の休み日として十九夜講が機能していたと考えれば、その基盤は今も変わっていないということもできる。5年前の調査時で、200を超える十九夜講が、いわき市内で活動していることが確認できた。

代表的な如意輪観音像は、宝冠を冠り、片膝を立てた坐像で、手を頬にあて、首をかしげた様子をしている。いわき地方では、近世初期あたりから立てられ始める。当時の石像は、墓域に建てられ、戒名が刻まれている。そこから、亡くなった女性、子供の供養像であったことが推測される。観音像は、近世中期より、寺院の境内やお堂に安置されるようになり、戒名にかわって、「講中」の文字が刻まれるようになる。村内の女性たちによる十九夜講の成立である。また、十九夜という文字を刻んだ文字塔が一般化してゆく。

いわき市平地区のある家では、近世後期から明治初期の話として、難産で亡くなった女性のために、家の裏に如意輪観音像を建てたと伝えられている。しかし、その後、石像は、寺に寄付され、お堂に安置されるようになった。この石像は、死者供養という家の祈りから、安産、無事な子供の成長という村の願いの込められた石像となったわけである。

数百年続いた石仏・石塔建立の習俗も、現在では、墓石建立くらいだろう。モニュメントのように、願いを込める行為自体が記念行事になり、個人が恒常的に石を拝むことはほとんどない。千羽鶴は、折る行為に意味があり、それ自体礼拝対象にならないのと同様である。

ニュースでかまびすしく、危機が叫ばれる。危機は、「世界的」で「グローバル」なのだという。それだけの強大な危機において、「地域」「ローカル」では、石を拝むという小さな希望さえ失われている。


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再生
huukei1
2月8日

 午前中は久我山の買い取り。4階のマンションの一室。能、茶、書をやっていたお婆さんのもので、当然、そうした関係のものが多い。能は観世の師範を務めるほどだったという。東京の買い取りは、車を止めるにも苦労するし、マンション・アパートが多いので、搬出に苦労する。

 値段は付かなかったが、茶の雑誌があった。創刊から揃っていると思ったら、一冊抜けていた。メモ書きがあった。「持っていかれた。貸した人も分かっている」当人は施設に入っているという。古本屋に蔵書を処分されたことがわかったら、どんな顔をするのだろう。

 午後は、私が修行している大泉学園の古書店の買い取り。古くからの米屋で、お爺さんの趣味の蔵書。太陽、アサヒカメラ、旅などの雑誌を整理して、車に積み込む。それぞれ60年代から80年代にかけてのバックナンバーが揃っている。作業が終わると、自分の家で作ったものだからとお婆さんが干し柿を持ってきた。最後の干し柿という。この木造の米屋も、近いうちにマンションに変わってしまうのだ。

 夜は、つくばで、友人たちと吞む。家賃8000円のアパートの調理室。鍋を作り、芋焼酎と知人の中国土産の紹興酒をあおる。仕事で行けなかったが、先輩の詩人が水戸の喫茶店で最後の朗読をした。身体が弱り、医者から朗読を止められたのだという。30人も狭い喫茶店に集まって盛況だったらしい。裸電球のもと、ゆっくりとした時間が流れる。

 古書店にしても、民俗学にしても、消えゆくモノ、場所、人を扱う性分があるらしい。古書店では、それらを売ることで、民俗学では、それを書くことで、再生させなければならない。先日、いわきで行われた講演会で、赤坂憲雄は、民俗学はそれに「失敗」してきたのだと指摘していた。うちも、たまった在庫をどう再生するのか、目下の悩みではある。





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