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| 東京漂流 |
5月20日
東京では友人のアパートに下宿しています。小菅駅の近くの木造四畳半、風呂なし。住民の話だと半世紀ほどの代物だといいます。何度行っても、迷ってしまいます。住宅街の一画にありますが、道路が複雑で、目印になる店やコンビニもない。いつも番地名を頼りに帰っています。
仕事帰りに一杯ひっかけて帰ろうと、小菅駅の一つ先の五反野駅で降りました。目指すは東京のオアシス、桜水産。いくら呑んでも2000円に収まる不思議な呑み屋さんです。しかし、付近を歩き回りましたが、どうしても見つからず。とぼとぼとアパートまで歩いて帰ったのですが。
まるっきり逆方向に歩き始めたらしく、アパートを軸に半径5キロを2時間ほど回り続けていました。コンビニで聞いたり、電話ボックスのタウンページを開いて地図を確認したりといろいろやったのですが、さっぱりアパートに辿り着けない。夜だったし、片手にビールを持っていたこともあるんでしょうが。
小菅駅のホームからは東京拘置所が正面に見えます。付近のどのアパートやマンションよりもきれいで近代的な建物です。しかも、駅から絶対に迷わないだろうなあ。と毎朝、電車を待つホームで思うこのごろです。
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| 音の風景 |
町に音楽が流れるようになったのはいつごろからだろうか。もちろん、パチンコ屋の軍艦マーチのように店舗が個別に音楽を流すことは行われていたし、今も行われている。これまでの町の音楽は、個別の店舗がそれぞれの音楽を流していた。音楽は、百貨店の売り場に行進曲が流れていたように、テンポのいい曲で客の購買意欲を高めるという側面があった。しかし、近年、町で流れている音楽はフュージョンや環境音楽が主流で、町という空間の快適さを演出しているように思える。先日行った高萩駅前の商店街でも、フュージョン系の音楽が流れていたし、今週行っていた吉祥寺の駅前もそうであった。
細野晴臣はランチミュージックということばを使っている。お昼の番組や料理番組のバックに流れている音楽で、クラシックからカリプソ、ジャズまで幅広く、耳当たりのよい音楽。私はNHK・AMを思い浮かべる。「ではここで一曲」と音楽が流れ始めたのに、すぐに「関東圏の皆様にはここで交通情報をお知らせいたします」といわれ、交通情報のバックでしか流れない哀れな音楽。あるいはTVの天気予報のバックでしか流されない音楽を思い起こす。
こうした音楽は何かの裏で流されているからこそ、音楽として映えるのかもしれない。閑散として人通りのない高萩駅前の商店街では、音楽はどうもお仕着せがましく感じられた。一方で、人通りが多く、毎日が騒がしい吉祥寺。音楽にとっては雑音となるはずの人々の声や車の走る音、売り子の声、拡声器の政治演説、店から流れるポップス、ストリートミュージシャンの歌声。こうした雑踏を縫って届いてくる音楽は、町と調和して、町のサウンドスケープの一環を作り上げているように思う。
そういえば、前に平の町を歩いていたら、井上陽水の「傘がない」が流れていたことがあった。「都会では自殺する若者が増えている…」どんな町を演出したいのだろう。
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| 高萩で見つけた字 |


 一つ目は秋山のバス停で。小中学生の落書き。「しげおどろうぼうやった。」「ばかにするなよ。」けっこう、切実な落書きかも。
二つ目。駅裏のビジネスホテル。ぜったい手書きだろ。
三つ目。廃アパートの窓。「殺す 殺す 殺す ブタ」何があったんだ? 窓の外から書いたんだろうなあ。
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| 高萩です。 |
 
5月12日 13日
茨城県は高萩市にいます。いつもは通り過ぎる町だったけれど、2日間で高萩のほとんどを回りました。前に訪れたときには、趣のある街並みだなあと思っていたけど、かなり駅前も変わりつつあるようです。駅前にあった大型スーパーもなくなり、広大な空き地が、駅前を寂しくさせていました。それでも、町を歩けば昭和レトロなアーチやレンガ造りの蔵が目を引きます。
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| 東京へ |
5月7日
朝一番の4時半発の高速バスで東京へ行くつもりだった。いつもであれば予約無しでも乗れるのだが、GW明けの「帰省」ラッシュでバスには乗れず。スーパーひたちで東京へ。昨夜の呑みで睡眠時間は3時間ほど。電車内で充電しておこうとシートを倒す。
今日から、神田の古書市場の仕事が始まる。これから数年、週3日は東京で働くことになる。宮城、茨城、福島ときて、東京に辿り着いた。いつも頭の片隅に東京に暮らしたいという思惑はあった。ずいぶん遠回りをしたような気もする。
三十路になったけれども、東京の新生活に勝手にわくわくしている。一人暮らしを始めた学生時代の感覚に近い。そんなわけで、車内では眠りに付くことができなかった。
資料会の初日。地方の市場は経験していたけれども、やはり神田は物量とも違う。人疲れもあって、終わったときにはくたくたになった。それでも、東京にいるということで、何か根拠の無い達成感を感じてしまう。やはり田舎者なのだろう。そのうち慣れるんだろうけれど。
市場は、本の仕分け、並べ、開札などの仕事。古本屋さんは、ここで人のつながりを作り、本を覚える。若い古本屋さんの修行の場である。仕事の合間に、入札も出来るので、自店の仕入れもできる。
帰りは高速バス。いわきのように車を自分で運転することがないので、読書が進む。本当に久しぶりに本をゆっくりと読めた。
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| 伯楽寮解体 |

4月26日
いわき地域学会の巡検がつくばで行われ、筑波大学の案内を頼まれた。50名ほどの会員を大学食堂へ案内し、食事後に筑波大学ギャラリーへ。朝永振一郎、白川英樹、江崎玲於奈など筑波大学に関係したノーベル賞受賞者の紹介展示、オリンピックで活躍した選手の紹介などをしているギャラリーで、最近出来たものらしい。近くには、筑波大学グッズの販売店もできていた。筑波大学の校章の桐のマークが入った筑波大学飴やアイスクリーム、Tシャツなど。誰が買うんだろうかと思っていたら、地域学会のおじさんおばさんたちは、こぞって筑波大学飴を購入していた。
キャンパスではサークルの新歓ライブが行われていた。こうした大学の風景は変わらないけれども、国立大学が独立行政法人となって数年。生き残りのために大学は変わりつつある。
大学の案内を終え、つくばのアパート伯楽寮へ。朝から伯楽寮の解体が始まっており、午前中だけで写真のような惨状に。前日から今朝まで、アパートの皆で最後の呑み会をやったようだが、自分は参加できず。解体2日目には、部屋に住みながら月が望める風流なアパートとなった。解体された部屋の畳を外へ移して、野外に四畳半部屋を作り、そこで伯楽寮の解体をゆっくりと眺める。
解体された4畳半から一枚の新聞紙が出てきた。畳の裏敷きに使われたもので、年代は昭和53年。このアパートが出来たときのものだ。ちょうど国立大学の中間倍率の一覧がでていた。出来立ての筑波大学だが、そこそこの倍率があったようだ。
アパート、学生、つくば…。これから、どのような関係性を築いてゆくのだろう。解体される伯楽寮を見ながら、一つの時代が終わったんだなという感を抱く。
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| 古書サイトの可能性 |
じゃんがら堂の古書販売サイトをやらないかというメールに対する回答です。
確かに古本屋の個人サイトはあまりありません。あることにありますが、そこで一定の売り上げを作っているサイトは少ないでしょう。それは、今の人達の本の検索が、書名を検索窓に入れ込むというやり方のためと思っています。 膨大な在庫を抱えていないと、個々の要求にこたえることが難しい。そのため、古書の個人サイトは、よほどの物量を持っていないとできないと思います。
日本の古本屋という組合のサイトが日本で最大の古書サイトです。膨大な古書が登録されており、大変便利なサイトです。しかし、膨大な古書が登録されるために、価格競争が激しく、一部値崩れが起きています。
一方で、ネット販売に力を入れ、うまくいっているところもあります。たとえば、ネット古書販売の先駆けである福島県郡山市の古書ふみくらさんのサイト。 絵葉書、軍事、郷土史というジャンルを区切ったところがよかったのでしょう。特に絵葉書では、全国有数の古本屋です。
最近の若手の古本屋さんは、サイトで物を売ることよりも、店のイメージを作り、店売りやデパート催事につなげるところが多いように思います。東京青山の日月堂さんは、ヨーロッパや日本における近代を扱う古本屋さんです。火星の庭さんは仙台市の古本屋ですが、いわゆる古本カフェで、ビレッジバンガードで働いていた女性が古書販売を担当しています。どちらも女性のセンスのよさが現れているサイトだなあと思っています。
民俗学書籍・資料を専門とするネット古書店は、古書わらべさん。「民俗学 古書」で真っ先に引っかかってきます。
インターネットを使って民俗学書籍・資料を購入する層は、ネットリテラシーを十分持ってるでしょうから、「日本の古本屋」や他サイトとの価格競争になると思います。それが、ネット販売に躊躇する理由のひとつです。
また、ネット上の商財は、日本の古本屋でも、アマゾンでも、どのサイトで買っても同様で、顧客は仲介した古本屋の名前さえ覚えていないかもしれない。「民俗学書籍であれば○○書店さん」という専門性の高さが、ネット上で通用するのか。それよりも、他サイトの比較の中で安いものを買うのではないだろうか。そこがネット販売に踏み込めないところです。
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