本や ふるさとマルシェ
いわきの本、民俗など。店主じゃんがら堂です。
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Author:ふるさとマルシェ本や
 ふるさとマルシェ本やの店主じゃんがら堂です。
 じゃんがら堂は、いわきの古本屋です。店舗は無く、駅前のラトブ6Fに事務所を構えております。古本を扱う一方で、民俗学徒として、いわきのじゃんがらを中心に、聞き書きをしております。夜は、たいてい平の呑み屋にいます。
 ふるさとマルシェ本やでは、福島やいわきなどの地域に関する書籍や資料を主に扱っております。このブログでは、じゃんがら堂が、お薦めしたい本や日々思ったことなどを綴りたいと思います。



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伝説?
やっぱりルーリードってかっこいいのかなあ。ジャニスは迫力ある?ジミヘンはわかりやすい。

芸能として、パフォーマンスとして、時代を超えるものあれば、伝説としてしか残らないものもあるよね。

何の違いなのかなあ。ユーチューブ見てて思いました。

酔ってます。以上。
『かぼちゃと防空ずきん』
かぼちゃと防空ずきん

『かぼちゃと防空ずきん』は、いわき市内を中心に昭和初期から昭和30年ころまでを対象にした手記を集めたもの。141人の手記が収められている。戦争と暮らしの手記が中心を占め、「その時代の苛烈さ」から当然のことと「あとがき」に編者は記している。
しかし、戦中だけでなく、戦後までを含めたのは、日本の社会の転換点であり、そこでの個人の「苛烈」な体験が、戦後の日本を作っていったという編者の意識からだと考える。

たとえば、編者の吉田隆治にとっての「戦争」とは、吉田が生まれ育った阿武隈高地の山村常葉町の大火事であった。昭和31年に起こったこの火事により、常葉町の大半が焼失した。当時、小学2年生であった吉田は崩れ落ちる我が家と買ってもらったばかりの自転車が火中に消えてゆくのを黙って見ているしかなかったという。

一夜明けて、吉田は、新聞記者から取材を受ける。廃墟の中であっても、我が家の場所の見当は付いていた。が、なぜか「知らない」と答えた吉田は、後日の新聞に「お家を探す子」として写真入で掲載される。焼け跡の中、自分の家を探し出す少年として、新聞は吉田を報じた。それは、吉田の短い「言葉」と現実を映し出す「写真」から産出される「事実」ではあった。

けれど、と吉田はいう。

灰の町。たくさんの家畜の焼死体。焼け死んだおばさんを取り囲む人々。ぐにゃりと曲がった十円玉。満開になった小学校の桜。一週間後、寄宿先の親類の家に現れた飼い猫のミケ。東京の勤め先から帰って来て、焼け跡で涙を流していた姉……。

「知らない」は、突如襲った「苛烈」なカタストロフィを消化しきれない少年が搾り出せた唯一のことばだったのかもしれない。しかし、新聞は、そんな少年のことばの内情からは、遠い「事実」を描いた。

ことばはいつも暴力的だし、そして、何も語らない。そんなことばへの不信感が、吉田をことばに繊細な詩人へ、ことばで現実を描く新聞記者へと駆り立てたのかもしれない。
吉田は最後に鮎川信夫の文章を引いている。

人生においては、あらゆる出来事が偶発的な贈与にすぎない。そのおかえしに書くのである。正確に、心をこめて、書く。―それがための言葉の修練である。

吉田の「戦争」の帰結の1つが、本書の編集であったのかもしれないと思う。

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『ハワイ移民史』
hawaiiminフラガールで一躍全国区の”ハワイ”となったいわきですが、ハワイとの繋がりは、明治にまでさかのぼります。いわゆるハワイ移民です。

日本政府の事業としてのハワイ移民(官約移民)は1885年より始まります。1894年より、民間会社の私約移民が始まり、1898年には、福島県でも移民の呼びかけが始まります。1900年代、ハワイにアメリカ合衆国法が試行されたことにより、次第に移民制限が厳しくなり、1924年にハワイ移民は完全に禁止されました。

『ハワイ移民史』は、ハワイ移民の祖父を持つ安藤さんが、祖父のライフヒストリーを書簡や関係者への聞き取りから再構成したもの。

安藤さんは、私と同じくらいの年で、ハワイ移民について一から調べて書いたものなので、平易で文章は分かりやすく親しみやすいです。

私も共著者として、浪江町のハワイ移民である原田家について書かせていただきました。詳細はまた別の機会に書きたいと思いますが、明治後期のハワイとの関係が、いまだに続いていることに驚きました。

敗戦直後に、ハワイからマヨネーズとマカロニを送られて、浪江の原田家では食べ方に困ったという話や、ハワイの原田家が戦後、家紋の額装を欲しがって、送ったら大変喜ばれたという話もありました。

浪江とハワイの文化交流が、手紙や物資のやり取りでなされていることは、大変興味深いことと思います。

私たちは、ハワイとの文化交流というと、実際にフラを見たり、ハワイへ行ったりします。しかし、ハワイ旅行が一般化するまで、ハワイとの文化交流は、手紙の文字であり、絵葉書の写真であり、そして、送られてきた異質なモノであったのだと思います。

ハワイ旅行やスパリゾートが体験のハワイであるとするならば、原田家のハワイは、想像のハワイであったといえます。お互いモノを通して、お互いの暮らしや風土や人間を想像する。それは決して貧しいものではなく、モノを通じた豊かな交流であったと思うのです。

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監獄
P1020901.jpg自宅から10分ほど自転車をこいで事務所へと毎日通っています。朝起き、窓の外にある私の車が目に入りました。そして、2週間ほど車に乗っていないことに気づきました。

じゃんがら堂は、古書の販売と本の執筆、編集、校正作業が業務内容なのですが、最近は、後者の本作りが立て込んでいます。

昨日事務所に来た人が、私の事務所を「監獄みたい」と仰ってました。まさに、先々週に東京から帰ってきてからは、事務所にこもりっきりです。

朝9時から10時までの間に事務所に着いて、そこからPCに向かい、夜の12時くらいに事務所を出る。そして、少しひっかけて帰る。というのが、最近のじゃんがら堂の生態です。

明日と明後日は、仮釈放。久しぶりに車に乗って、外へ出かけてきます。もちろん仕事なのですが。

日記も、本の紹介といってるくせに、ただの呑み日記だろうといわれますが、もう少し待ってください。

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贈り物
ebitosa「あなたの心を照らす花一輪、僕たち常磐カンテラーズ」

ライブハウスソニックで、マージーアートスクールのライブを見に行きました。これは、カンテラーズの阿部さんが企画する市内のロックバンドを集めたイベント。

50歳を超えた阿部さんですが、若手に負けない独特なラケンロールを見せていただきました。ビール片手に楽しませていただきました。

せきさん、チケットありがとう。ギターかっこよかったです。

帰ると、ビール数本と日本酒2本が店先に置いてありました。どなたか存じませんがありがとう。松の友は昨日の残りですが、又兵衛は??

海老をカリカリに焼いて一杯やってます。

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飛ばされる
motunabe  昨日の風は凄かったです。午前中は、いい日和で春めいていました。が、午後になると、急に空が暗くなり、雨が降り出し、雷がなる。風がゴオゴオ吹きすさぶ。

 嵐の語源は、荒らしというそうですが、まさに、一晩明けた町の様子はひどいものでした。店の看板が落ちて割れたところもありました。半世紀ほどの歴史的建造物である、うちの店も、屋根のトタンが風で吹き飛ばされました。

 人や車などに当たらなくて、本当に良かったです。

 昨晩は、小川町の知人宅でモツ鍋をしました。鍋をつつきながら、いわきの地酒、松の友を呑み、私の意識もどこかへ飛んで行きました。

 朝ちゃんと自宅に帰っていたので、本当に良かったです。

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ホヤ・グローバル
ほやくんせい お酒とおつまみを、古書バイトのお姉さんからいただきました。バレンタインのチョコレートかなと思ったら、日本酒とホヤでした。酒酒酒、つまみはホヤホヤホヤと東京の呑み屋で唱えていたからでしょう。

 宮城県は鳴子の「雪渡り」という日本酒。そして、気仙沼のホヤの燻製です。どちらも、故郷宮城のもの。

 私はホヤが大好きなのですが、いわきでは中々手に入れることができず、手に入っても小ぶりで、あまり甘くないのです。漁師に聞くと、相馬の原釜漁港まではあがるそうで、いわきの魚屋に並ぶホヤは原釜のものだそうです。

 ホヤの燻製は、刺身ほどの風味はありませんが、乙なものでした。ホヤのない季節、私の必須アイテムになるかもしれません。(いつもは、ホヤの塩漬けを食べているのですが。)

 昨年、石巻の知人宅へ呑みに行ったときに、こんな話を聞きました。ホヤの生食が、近年韓国で流行していて、三陸のホヤを韓国のバイヤーが買い占めている。

 韓国人も生のホヤの美味しさに気づいたというわけです。

  ホヤ・グローバル!!

 …でも、まずは、いわきで食べられるようになるといいです。


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神田でフグ
ふぐひれさけ昼過ぎに高速バスで東京へ向かいました。今晩は、東京のデパート催事を手伝ってくれていたバイトの子の大学卒業・就職のお祝いなのです。

今まで食べたことのないフグを食べたいとの希望。神田のフグ屋でご馳走しました。

こっちだって、フグのフルコースなんて初めてです。もしかしたら、最初で最後のフグになるかもしれんと悲壮感に駆られつつ、フグ料理を味わいました。

お祝いなので、彼女にフグを味わっていただき、こちらは、フグのひれ酒を煽ってました。

彼女は、東京の幾つかのデパート催事でアルバイトをしており、私とは銀座松坂屋で数年間一緒でした。よく気がつく子で、本当によく働いてくれたと思います。

たぶん、というか当然、就職すれば、うちら古本屋よりも稼ぐはずですから、今度はあなたがおごる番です。


誘惑の光
ラトブの窓  駅前再開発ビルのラトブの6階でいつも仕事をしています。はじめに、幾つかの部屋をみせていただき、窓の一番多い(といっても二つですが)部屋を選びました。

 湯の岳や赤井嶽を遠く眺めることができ、近くを眺めれば、平の街並みが一望できます。昼は清清しい心持で仕事ができます。

 しかし、夜になると、この窓から見えるのは、平の歓楽街田町の明かり。18時くらいになると、窓から誘惑の明かりがぽつらぽつらと付き始めます。悶々としてくるわけです。

 17時過ぎ。「生まれてこのかた、呑み会を断ったことがない」友人と、「呑んだくれるために生まれてきた」友人から電話が来ました。「呑んでいます」と。

 17時は流石に早いので、悶々と仕事を続けますが、とうとうリミッターが飛んで、窓から見える一番近い明かりに吸い込まれていました。

心の小座敷から
jaran  学生の頃、ささやかな冊子を仲間たちと作っていたことがありました。2ヶ月に一回、時事ネタや書評やエッセイなど、それぞれが思うことを書き連ねました。90年代半ば、まだパソコンがなく、それぞれの手書き原稿をワープロで打ち直します。そして、仲間たちと原稿を切り貼りし、印刷にかけ、ホチキスで製本するわけです。一晩を費やしました。そして、作業を終えた朝方に、できあがった冊子を手に、皆で酒を呑む。

  柳田國男の『明治大正史世相篇』に、こんな一節があります。

 囲炉裏は、従来の家屋で唯一、照明・暖房の機能を持っていた。家の主を中心に厳格に定められた囲炉裏の座順は、かつての家制度の象徴であった。しかし、行灯やランプ、炬燵が広まることによって、囲炉裏は家の中心としての意味をなくし、家屋の中に、それぞれの個人の部屋が生まれてくる。「火の分裂は炉の威力の衰微」であり、個々の「心の小座敷」を作り出した。

  夜中、一人でブログを打ち込んでいると、皆で冊子を作った一体感のようなものが懐かしくなります。ブログを始めたのも初めてですが、昨晩、一人で呑みに行ったのも初めての経験でした。心の小座敷から、温かな囲炉裏端へ。誰かに誘われないと外では呑まなかったのですが、一人で呑むことを覚えそうです。
 
まちづくり連携会議
T1ビルで行われた”まちづくり連携会議”に出席しました。

講演者は、地域博覧会など様々なイベントのプロデュースを行っている梶原貞幸氏。イベントという概念そのものについてのお話でした。

中々イベントそのものについて考えることもなく、イベントに参加したり、企画をするので、私にとっていい機会でした。

特に、イベントはあくまで目的を達成するための手段であるという点を氏は強調していました。
個人の自己実現も、達成されるべき目的の一つではあるけれど、それを強調すると、地域づくりなど公的な目的が実現されにくい。個人と公共。イベントの成功は、この二つのバランスに由縁するというところは、面白く思いました。

講演のあとで、交流会。

小川地区戸渡で、分校保存を核に活動する戸渡リターンプロジェクトの吉田桂子さんと、田人地区貝泊で、ブルーベリーなどを作りながら、Iターン者の受け入れを行う廣木一賀さんたちと呑みました。(呑んでたのは私だけでしたが)

戸渡は積雪40センチ!貝泊も雪があるそうです。

雪が解けたら、お邪魔しますね。

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じゃんがらの南限
大津漁港じゃんがらの北限、南限とはどこになるのだろうか。

 2000年の夏に、私は北茨城市内のじゃんがらを追っかけたことがあった。そのときに、大津町、関本上、湯の網のじゃんがらの新盆周りにくっついて歩いた。現在、伝承されるじゃんがらでは、この湯の網が一番南である。

 しかし、今回の取材で伺った大津の方からこんな話を伺った。




「大津のじゃんがらが復活したときに、磯原の年寄りが見に来たんです。そしたら、その年寄りが、うち(磯原)にも昔じゃんがらがあって懐かしくて見に来たんだっていうの」

 大津のじゃんがらが復活したのは昭和50年頃。そうすると、磯原にじゃんがらがあったのは昭和初期以前だと想定される。この話からすると、じゃんがらの南限は、磯原まで行くのかもしれない。

北茨城のじゃんがらの特徴といえば、やはり笛。今回、取材で伺った神岡上の80代の古老は、子供の頃から、腰に笛をぶらさげ、片時も笛を手放さなかったという根っからの笛吹き。

「じゃんがらは”さんがら”といって、太鼓と鉦と笛の三つがなきゃならない。でも、一番大事なのは笛。太鼓も鉦も、笛に合わせるんだから」

いわきのじゃんがらでも、遠野町などのように笛が入るじゃんがらがあるが、いわきのほうは、太鼓に笛を合わせるという。北茨城のじゃんがらは、いわきのじゃんがらとは逆で、笛が基本なのだ。先の大津町のじゃんがらも、笛がきっかけで復活したという。

「とらやんっていう笛の名人がいたの。この人が、床屋で笛を吹いていた。昔は床屋に人が集まってたからね。そしたら、じゃあ俺は、太鼓を家から持ってくる、俺は鉦持ってくるって、じゃんがらがはじまっちゃたの。それが、大津のじゃんがらの復活したきっかけ」

 じゃんがらの中心に笛を置く北茨城と太鼓を重視するいわき。この明確なコントラストには、どんな意味があるだろう。それはただ単に笛という楽器が一つ増えただけにとどまらず、じゃんがらに関する概念の相違が横たわっているように思う。

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和田文夫著 『土の味』
土の味 和田文夫は、大正5(1916)年、いわき市四倉町長友に生まれている。家業の農業に従事しながら、昭和10年、柳田民俗学の門戸をたたき、その後、磐城民俗研究会、福島県民俗学会の中心として活動している。

 和田が、野の草や木の実などのエッセイを新聞連載したものを一冊にまとめたのが本書である。くるみ、ははこぐさ、セリ、カタクリ、タラボ、ゴマなど43の山野草を収録している。実際に和田が、採取し、料理し、食し、または、村人に聞いたことが記され、ときに、民俗学的知見が披瀝される。

 和田の文章は、味覚、嗅覚、触覚を刺激する。それは、和田が民俗学という学問の世界よりも、一個の農業者に基礎を置いて紡がれた文章だからだろう。


例えば、「ふくのぢ」から文章を抜き出してみよう。

…土のぬくもりは春なのであろう、枯れ草のなかに“ふくのぢ”(ふきのとう)が、紫がかった褐色の表皮にぬくぬくとくるまって、顔を出しはじめた。枯れ草を分けて、つまんだ指に力を入れてひねると、ポキッと土からもぎとれる。ぷくっとしたやわらかなまるい玉が、ころりと手のひらに転がって“ふくのぢ”の香りが、プーンとくる。

 和田の文章は、「ぬくぬく」「ポキッ」「ぷくっ」「ころり」「プーン」という擬音語を用いるところに特徴がある。ふくのぢを採取した後、和田は水を張ったどんぶりに「ポン」と投げる。そうすると、「ぷくぷく」とふくのぢが浮く。水から出したふくのぢを、「シャキシャキ」と刻み、小皿に取って、しょう油を垂らして、口に入れる。

ほろりと苦味が舌にさわる。ふわっと香りが口いっぱいにひろがる。苦味はトウヤク(せんぶり)のように口に残らない。さらっと消えるが、香りはしばらく口の中に残る。刻まれた一ひらひとひらをつまんで口に入れて、小皿にはやがて花となる小さな粒々が残る。それをも一粒一粒つまんで口に入れる。しばらくは、この粒々からの苦味と香りが口のなかだけでない、あたまのてっぺんまでずうっとのぼる。

 どうだろう。ふくのぢがもたらす春の香りと頭のてっぺんまで上ってゆく苦味を感じられたのではないだろうか。

 ふくのぢ味噌を作るのは、いつも祖父の仕事だったと和田は続ける。囲炉裏の横座で、孫の和田が押さえるすり鉢にふくのぢを入れて、「ごりごり」祖父がする。そこで、和田は、囲炉裏の話を持ち出す。囲炉裏の横座に座るのは家の当主だけで、ほかにはお坊さんと馬鹿者か猫である。猫は、囲炉裏で焼いている魚を狙うものだが、カンのよいもので、家人の注意がそれたところを見計らっている。和田はこんな調子で、回想を続ける。

 祖父の持病は「ぢ」で、ふくのぢは胃の薬とも「ぢ」の薬ともいわれていた。しかし、そのために祖父がふくのぢ味噌を好んだのかはわからない。

 和田の文章は、結論に達しない。和田の記憶と体験を堂々巡りする。読後に残るのは、答えではなく、和田の感じた触感であり、味であり、匂いなのである。

 「土の味」を読み終えれば、不思議なことに、土にも味がある心持ちにさせられるだろう。


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